ラーメン屋の地下に住んでいる少女の話
可愛い美少女じゃない
その辺にいる、弥生人らしい目の細いthe日本人顔した可愛く無い糞ガキという表現がしっくりくる子供だ。
その子供はラーメン屋の地下にいた。
ラーメン屋に地下があるのか?
在庫管理のスペースなのだろう。
積み上げられたビールケースと、売り上げ処理のためだろうデスクトップ端末、そして裸電球に、冷たいコンクリートの床に子供用の布団が1組しいてあった。
私は、酒屋の宅配仕事をしていた。
ラーメン屋のギトギトした床を歩いた靴を脱ぎ、
靴下で中に入ると冷たい鉄製の階段がまっている。
その細くて弱っちい階段を降りると四畳半もない、狭いスペースにビールを納品する。
そこには、娯楽用とは思えないパソコンと、布団にくるまり寝る子供がいた。
この店は夫婦共働きのようだった。
朝から晩まで夫婦2人でラーメン屋を切り盛りしていた。
他に店員はいなかった。
そのラーメン屋は有名な某チェーン店である。
私は、学生アルバイトの身分ながら、
彼等に貧困を感じていた。
彼等夫婦は常にいたのだ。
休むこと無く働き、子供を1人もうけたが、狭い地下で、重くて危険なビール瓶の詰まったケースがいつ倒れて来るかもわからないところで育てたのだ。
2人とも愛想がとてもいい夫婦だった。
しかし、どちらも病的なまでに痩せていた。
搾取されている、そう感じざるを得なかった。
声は小さかった、精神的に追い込まれていたのではないだろうか。
ラーメン〇〇。
企業名は隠す。
2011年3月、ここも本当に揺れた。
子供は無事だったのか?
気になっていたが私は既にその仕事とは無縁であり、あのラーメン屋に行こうとは思わなかった。
それは、病的にやせ細り声の小さな両親に育てられた地下室の子供の将来が、
そのまま変わらず容姿も愛想もよくないまま育ち大人になるのだと思うと、
微塵もその子の成長に期待ができなかったからかもしれない。
この格差社会において、格差は遺伝するのだ。
余談だが、千葉県流山に大盛り中華料理を格安で提供してくれるお店がある。
格安な割には普通に美味い。
量が多すぎて残してしまってもニコニコ笑顔で、持ち帰り用に詰め替えて渡してくれる。
なぜなのか?
その店舗の入口には聖〇新聞が置いてある。
私は、宗教に洗脳され搾取されている夫婦なのだろうと思った。
おそらく利益なんてほとんどないのではないか…。
一体どこのだれが生活を保証してくれるのか。
私は貧困になりたくなくて、飲食店だけは嫌だと思った。
しかし、大手ゼネコンSIerの下で、そのさらに下の下の下の下で、
底辺IT労働者として働く私をあの時の私が見たら、
同様に哀れみ内心では蔑み、関わらないでそんな奴とは関わらないで済む仕事を目指すだろう。
人はなりたいものを目指して成功するが、
なりたくないと思ったものほど現実感がありそこに近づいて行ってしまうものだ。
※この絵は人工知能によって着色している。
素敵な絵にしてくれてありがとう。